二世中村吉右衛門/情熱大陸

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最近、八世坂東三津五郎の芸談にはまっている。僕が意識的に見始めた70年代の歌舞伎だけでない、能狂言や文楽etc.を、否定する発言の数々…。以前は「思い出は美化されるから」と思っていた。しかし、フグ三津の芸談は、何が悪いかを経験として次々語り明かす。江戸時代から伝わる「古典」の実感がそこにあるが、如何んせん、見てないッ!のだが、少なくとも「古典」という物の、底知れない深さだけは、理解、いや思われた。では、その価値観からすると、とんでもないタブーを犯している花組芝居の活動の、改めての意義を考える。

一方、当代播磨屋の目指すものを、正直、僕は尊敬する。本物だと知らずに見ていた、70年代の本物(八世三津五郎には、似非だったかも知れないが、少なくとも、その残像だったと信じたい…)を越え、更に目標として、それ以前の「初世吉右衛門」という本物に立ち向かう姿勢に、歌舞伎の本道を残して頂いている嬉しさを、今更に感じる。