男女川恋松(みなのがわこいまつ)

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初代が名乗って以来、140年以上途絶えた事のない「市川猿之助」の名前が、更に寿命を延ばす慶事に加え、46歳の香川照之さんが、如何に実力派の男優とは言え、テクニックだけではどうにもならない、蓄積が物を言う歌舞伎役者になる決心をした。

しかも先代先々代と名優が続いた「市川中車」を九代目として襲名するのだから、いろいろ意見もあろう。実は僕も、聞いた当初は動揺したが、今は彼を賛美する。何しろ、「かぶき座の怪人(21世紀版)」に登場する男女川恋松のドラマは、他ならぬ、1才で生き別れた父に、20数年後の再会を拒否された彼の悲劇が元になっているのだから、彼へのシンパシーは人一倍なんだと思い返した。

猿之助歌舞伎が大ブレークする前、「猿之助百年記念」の若々しい舞台。若気の至りで、澤瀉屋の仕事に批判めいた発言をした僕を気遣い、扉座の横内謙介氏がお膳立てしてくれ、帝国ホテルのロビーで、三代目と熱く歌舞伎を語ったあの3時間。弟子の右近君と僕が共演した「シラノ」の終演後、身体は杖に頼る状態だが、明晰な頭脳で舞台を批評していた、青山円形劇場の楽屋。

それらを思うと、老いと病に直面している今の三代目が、痛々しくもある。が、襲名発表の、幾分芝居掛かった記者会見を見て、四代目五代目への道筋を英断した、三代目の、もしかしたら最後になるかも知れない大仕事が動き出したと、ひどく興奮した。

歌舞伎評論家の犬丸治氏が「壮大な実験」と表した、今回の三世代四人による大襲名。息子と共に歌舞伎を学ぶ香川さんに、僕は大きなエールを送りたい。そして来年の6月は、劇団皆で総見をさせて頂こうと思う。