2016年12月アーカイブ

「贋作女形劇」だという。武智鉄二は「(表現者は)嘘をどこまで本当で埋めかえすかという事で、そして嘘と本当が一緒になった時が、死ぬ時だろうと僕は思いますね」と言っていた。

美少年を愛でるという原初的な女形美から始まり、男の肉体で如何に「女」というものを表現するかに、先人達は苦心した。

能は、仮面と装束を通して、幻のように「女」を出現させる。歌舞伎は、一旦女になってみるという所から、やがて、そこから突き抜けようとする。

パンフで対談した様子からすると、水郷屋(みさとや=堀越涼)が目指した「力強さ」の先達としては、鈴木忠志氏の鈴木メソッドが浮かんだ。能の影響を受けているんで、低い、地を這うようなテンションを持った鈴木メソッドだと、男とか女とか関係なくなっちゃう。

野獣のような女形、中性的な女形、この両極は昨今どこにでもある。なよやかさを禁じた上で、その中間を表現するのは、矢張り難しそうだ…。

何れにもせよ、美輪明宏氏や池畑慎之介氏のような、稀有な天才はともかく、演劇という枠の中で女形表現を追求するには、独自の「様式」が必要なのかも知れない。

甘粕に殺された、大杉栄と伊藤野枝の四女「ルイズ」が復讐の為に満州へ渡り、使用人として潜り込むという、ぶっ飛び物語(両親が殺された時、彼女は一歳)!

辻まことやら、森繁やら、実在の人物がゾロゾロ出て来て、ちょいとサスペンスという筋立てが面白い。いつもながらだが、衣裳小道具の拘りに加え、日章旗模様が透けるという美術がシャレていた。

出演者も精鋭揃いで破綻なく心地良い。

花組四人組がいいポジションを頂戴している中、山像かおり嬢が「川島芳子」というのが、「西瓜糖」色を漂わす。のだしん、健介君、しょーいち君、コング君、うえだ君、皆適材適所で、あずきチャンが大活躍!

30年、色々あったろうな…。こちらもそりゃア色々だったさ。ふっこさん、低空飛行同志、頑張りましょう!

休肝日

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風邪や声帯の使い過ぎetc.で、調子をやる(声が出なくなる)以外、飲み続けて来た?年(記憶にない…)。『桐一葉』を終えてから、何ともないのにちょくちょく科している「休肝日」。何で始めたのだろう?

そうそう、実は『毛皮のマリー』の際、風邪の為か、全く声が出なくなった。日常会話が苦しくなる程だったので慌てた。病院にも駆け込んだが、兎も角禁酒した、一週間以上…。何が驚いたって、顔付きが変わった。何処がどう、という訳でないが、明確だったのはアイホールがくっきりした事!楽屋入りして鏡に写る己れを見て、へえ~、本当はこんな顔なのね…。この反省から、(半年以上経たが)抜いて見ようかな、となった次第。

うん、アイホールもそうだが、身体が軽いね。

何を書こうとしているのかな?今、数日(~一週間)置きにノンアルのサイクル、昨夜の休肝日で今夜は飲み日!はい、飲みながらの書き込みである。ええい、核心ッ!

人間って死ぬまで心静かに過ごすなんてないんだね…。元々「心静か」ってのがどんな状態だか。「悠々自適」な時空間て、有り得るのだろうか?豊かさって…。そうだね、生きてるってのは、常に心ザワザワしながら、身心不安定なまま過ごす事なんだね。生々しく行こうぜッ!イエイッ!

水やんが亡くなってから、時の流れ方が大きく変化した、感覚だけどね。ちょっと前の物事が数年を経たように感じちゃう。人生の先が見えたという意識が、「充実したい」という、切羽詰まった実感へ、知らず知らずに導いて居るんだろうと思う。

だからこそなのか、俺、この年でギラギラしてるね、苦痛なんだか、活力なんだか、いい意味でも悪い意味でも…。芝居も人生も、歩み方、ヤッパリ下手かもね、俺、アハハハハハ!