寺山修司と歌舞伎/座長 

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旗揚げ以来の命題だった。寺山さんに女形を勧められて34年。


DSC_0002(10).JPG寺山さんが、晩年歌舞伎を演出したがっていたと知ったのは亡くなってからだった。梨園内の旧弊なシステムが障壁になる可能性大だが、もしも寺山氏が存分に演出出来たなら、さぞや歌舞伎の現代性を大衆に示す大きな成果になっていたと思う。


スタッフワークの効率を考え、大まかな段取り決め稽古を大急ぎで済ませて感じたのは、歌舞伎様式と寺山修司世界の相性の良さ。勿論、これからの稽古での課題は山積しているのだが、歌舞伎と寺山修司は、表現の大嘘つきにおいて、こんなに共通の感覚を持っているかの驚きである。


そんな嬉しさで、飲み好きな座員連(乙貝屋、鳴流屋、今回入座披露の自由治屋、そして演出助手の助手、ヒロ君)と、世間の今(クリスマスムード)に追いついてみた次第である。