開幕直前座談会 其の3(最終回)

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構成・文=山村由美香

作家も意図しない深みが見えてくる

――再演の稽古の、現段階の手応えは如何ですか?

加納 ダブルキャストで稽古期間が短いので早く立たたなきゃとは思ってるんですが、まだ読み稽古なんですよ(座談会は5月3日)。うちは、今の現代演劇の劇団より読み合わせに時間をかけていると思います。『ハイ・ライフ』だけでなく、どの作品でも長ければ一週間くらい読み稽古して、台詞のすごく細かいところまで分析していくんです。この台詞はどういう気持ちで言っていて、どういえば効果的なのかってことをちゃんと押さえておかないと、立った時に見えなくなっちゃうので。
k3.jpg手前味噌ですけれど、歌舞伎をベースにした芝居をしていることが、現代劇をやるときにも役立っている気がします。歌舞伎の台詞って音にすごくうるさいんですよ。だから現代劇をやるときも、「何かが伝わらない、どこが違うんだろう。あ、音が違うんだ」と、同じやり方で演出できるのが幸いだなと思います。そういう訓練も含めて昔の新劇って、師匠と弟子みたいな関係があって、その中で学ぶことが多いと聞いていたんです。けれど最近は先輩から細かいこと言われることないらしくて、随分変わったんだなと。そういうところも、少なくとも花組では忘れずにやってきたいなと思ってます。
吉原 やっぱり俳優に基礎的なトレーニングは必要ですよね。舞台に立つからには、体の使い方とかが見ていて美しくないといけないと僕は思います。今の日本の演劇は、そういう基本的なことを素通りしちゃってやってる人が、あまりに多い気がする。

――先ほど『ハイ・ライフ』はユニバーサルな作品とおっしゃいましたが、そういう部分も、演じる俳優に基礎がないと本来の魅力が伝わらないのではないでしょうか。

吉原 そう、ただの悪ふざけになってしまいますね。
加納 僕もそう思います。今回の稽古では、初演で気づかなかったことが随分出てきているんですよ。「この台詞は裏があるね、こう考えても後の会話がつながるよね」とか。それが正解かどうかは分かりませんけれど、新しいものがちょっとずつ見えてきて面白いです。
吉原 しかも、それが作家の意図とは限らないんですよね。しっかり人間を見て、リアルに書けば書くほど、作家自身も気づかない何かがその向こう側にある。
加納 ああ!
吉原 正直言って、リーというのは大した作家ではないと思うんですが、この一本に関しては人間をよく見て書いている。だから本人が意識してなくても、いろんな読み方ができる深みがあるんです。
m3.jpg水下 日常なんだけど日常生活ではないところが面白いんですよね。
加納 たとえば、最初のシーンでバグがなぜ知り合いの殺しの話をするのか、それはどういう効果を狙ってるのかというのを稽古で話したんですよ。バグを演じる役者は「ただ話したくなったから話してるんじゃない」って言って、確かに本人としてはそうなんだろうけれど、劇作家として、ここにこれを持って来たのは何故だろうと。思い違いかもしれないけれど、だったら、その効果を出すためにこのシーンはこうしようとか、テーマが見つかったりするのも面白いです。
水下 それが再演の面白さですよね。あと今回は、加納が初演の後にいろいろ現代劇に出て、日常会話の芝居についてすごく洗練されてきていて、それを今の稽古で俺たちが受け取っている感じなんですね。読み合わせもすごく丁寧にやってくれているから、そういう部分でも初演より面白くできるんじゃないかと期待しています。
 
――ところで、商社マンとしてカナダに赴任された吉原さんが、何故お芝居の翻訳をするようになったのですか?

吉原 ちょっとお恥ずかしい話なんですが、私はカナダの前にオーストラリアにいまして、両国の英語の違いにびっくりしたんですよ。カナダの英語が全然聞き取れなくて、耳を慣らすためにはどうしたらいいか考えて、劇場に通うことが一番いいと思ったわけです。1970年代の話ですから手軽なラーニング・テープやビデオなんかないし、当時のカナダは国の文化的保護が潤沢で、映画並みの値段で芝居が観られたんですね。で、トレーニングのためにカナダの現代劇に通ううちに、はまっちゃったんです。
加納 ほー。
吉原 またカナダの芝居ってものすごく面白いのに、日本から誰も観に来ていない。それが残念で、じゃあ自分で紹介する仕事をしようと思って始めたんです。サラリーマンとの二足の草鞋で20年近くやって、今は退社して芝居専門でやらせてもらってます。変な話、カナダでは随分商売させてもらってお世話になったんで、恩返しの一つとして、誰も手をつけていないカナダ演劇を紹介しようという思いもありました。かっこいい言い方をすればですが。
加納 でも、その功績は大きいですよ。
y3.jpg吉原 だけど、まさか花組さんにやっていただけるとは思わなかったから、ほんと嬉しかったですよ。リアルなものもやっていただけるなら、これからも本をどんどんお送りします。先日、稽古場にお邪魔して本読みを拝聴したときに、「あ、あれやっていただきたいな」と思ったのが既に一本あるんですよ。
加納 それはありがたいです。
水下 うちにはそういうネットワークがないから、紹介していただけると嬉しいですね。
吉原 まずは『ハイ・ライフ』、二組ともぜひ拝見します。
水下 良かったって言っていただけるように頑張ります。
加納 今日は有難うございました。 


吉原 豊司 (Toyoshi Yoshihara)

1937年、東京・葛飾生まれ。早稲田大学文学部卒業。’70年に住友商事(株)駐在員としてカナダに渡航。’72年に住友商事の海外子会社「コマツ・カナダ」を設立し、同社のディレクター、プレジデント、チェアマンを歴任しながら30年間カナダに在住。その仕事の傍らカナダ戯曲の邦訳(40本)、日本戯曲の英訳(4本)、日本・カナダ間の演劇交流促進等に携わる。2000年に住友商事を退職、カナダ演劇の対日紹介を目的とする「メープルリーフ・シアター」の創設に参画。2000年、カナダ演劇の研究と対日紹介の功によりカナダ・オンタリオ州マクマスター大学より名誉文学博士号を受ける。2002年、「サラ」「ハイ・ライフ」その他カナダ戯曲多数の邦訳により湯浅芳子賞受賞。カナダ劇作家協会終身名誉会員。訳書に「カナダ戯曲選集」(全三巻、東京・彩流社刊)。カナダ永住権を持ち、現在バンクーバーに居住しているが国籍は日本。