2017年5月アーカイブ

2回の休憩、6時間に及ぶ全通し。まんまと言えばまんまなのだが、随所にキノカブらしい判断があり、興味深かった。演出の杉原君が、歌舞伎ドップリでない人なのがいいのだろう。

圧巻は、三幕目、三角屋敷と小塩田又之丞隠れ家の、繰り返される「行って来い」!こんなに泣けるとは思わなかった。ズッコケなご都合主義や、歌舞伎口調のハラハラ感など、異化効果というか、覚めた目が利いている。

てがみ座「燦々」で共演した箱田暁史君が、青年「直助権兵衛」を好演!「俺、何して来たんだろう~ッ!」が悲痛で堪らんかった。この際、五代目幸四郎のイメージなんか、どうでも宜しい。資料で見たのが三代目猿之助(現二代目猿翁、実は直助当たり役でした)だったとは、ハコちゃんの証言。ああ、それで、あのセリフの引っ張りなのね。

客席に藤間宗家がいらしたな。

段差の多い美術なので、これ以上怪我のないよう千穐楽を迎えられますように。

死とエロスを描いた原作をモチーフに、可愛いらしさと寂しさに溢れた作品に仕上がっていた。

ヌメヌメとした金魚の感触に、女体の艶めかしさを描くという感性は、相当エロチックなもの。魚拓にする際に「酢で洗う」という言葉が度々出て来るが、それすらも幾分淫らな印象を受けるのは、こちらが男だからか?

会話のみで進行する原作のシュールさは、文字だから成り立つように思う。これを、実際、俳優の生身を使う時には、ムードだけではなく、実感というか、生っぽさ、人臭さがあると、更に舞台が濃厚になる。

こんな話(もっと違う表現を使ったように思うが)を、終演後の宴席で大野と意見交換した。

伊予屋(いよや=桂憲一)の老体は、その実、枯れ切らない所に面白みがあろう。登場の度に色が違う自由治屋(ふりいじや=押田健史)、経験を糧に!

蝉の詩/劇団桟敷童子

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前回は松本紀保嬢がご出演とあり拝見した。今回は、元花組芝居の佐藤誓が。

何年も土中で暮らし、晴れて地上に出るも、羽ばたいているのは一週間(実際は一か月くらいらしい)という蝉は、人間の生れ変りとか。

蝉と対話する、ホームレスの老婆の来し方が、得意のタッチで描かれる。緑色の紙吹雪は、紀保嬢が出ていた時も吹き荒れたが、実に面白い効果だ。

硬軟自在な誓の演技が見ものだった。連日完売だったと聞く。