休肝日

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風邪や声帯の使い過ぎetc.で、調子をやる(声が出なくなる)以外、飲み続けて来た?年(記憶にない…)。『桐一葉』を終えてから、何ともないのにちょくちょく科している「休肝日」。何で始めたのだろう?

そうそう、実は『毛皮のマリー』の際、風邪の為か、全く声が出なくなった。日常会話が苦しくなる程だったので慌てた。病院にも駆け込んだが、兎も角禁酒した、一週間以上…。何が驚いたって、顔付きが変わった。何処がどう、という訳でないが、明確だったのはアイホールがくっきりした事!楽屋入りして鏡に写る己れを見て、へえ~、本当はこんな顔なのね…。この反省から、(半年以上経たが)抜いて見ようかな、となった次第。

うん、アイホールもそうだが、身体が軽いね。

何を書こうとしているのかな?今、数日(~一週間)置きにノンアルのサイクル、昨夜の休肝日で今夜は飲み日!はい、飲みながらの書き込みである。ええい、核心ッ!

人間って死ぬまで心静かに過ごすなんてないんだね…。元々「心静か」ってのがどんな状態だか。「悠々自適」な時空間て、有り得るのだろうか?豊かさって…。そうだね、生きてるってのは、常に心ザワザワしながら、身心不安定なまま過ごす事なんだね。生々しく行こうぜッ!イエイッ!

水やんが亡くなってから、時の流れ方が大きく変化した、感覚だけどね。ちょっと前の物事が数年を経たように感じちゃう。人生の先が見えたという意識が、「充実したい」という、切羽詰まった実感へ、知らず知らずに導いて居るんだろうと思う。

だからこそなのか、俺、この年でギラギラしてるね、苦痛なんだか、活力なんだか、いい意味でも悪い意味でも…。芝居も人生も、歩み方、ヤッパリ下手かもね、俺、アハハハハハ!


コメント(4)

加納さんの「生前葬」に伺わせていただきました。
当日、花組芝居の懐かし話で盛り上がった水やんがもういないなんて、まだ信じられません。
この数年、身近なひと(実の親を含め)が次々と亡くなったこともあり、自分にももうそれほど長い時間は残されていないんだろうなぁと実感しました。
私もギラギラと生々しくやっていこうと思います。
色々あって観劇から遠ざかってしまっていますが、近々復活したいと思っています。
それにしても、加納さんが休肝日を設けているとは驚きました(笑) 
いやいや、いつまでもお元気で頑張っていただきたいです。

是非、舞台ご覧になって下さい。お待ちしております。

加納さん、おつかれさまです。今は声は大丈夫ですか。自分は毎年1回は風邪や使いすぎで声がでなくなること度々5、6回経験していまして。かすれるとか小さいではなく、全くでません。このまま声がでなかったらと思ったりしたぐらいです。声って大事だなあと切々に思う次第です。この座長日誌は初めて読みました。この「心静かに~」後半の文章が共感できるところがあって、加納さんて面白いなあと思いました。来年の公演の前にWAKUも観れたらと思います。

あの時(毛皮のマリー)は異常事態でしたし、それ以外はここ何年も痛めた事はありません。WAKU、お待ちしております。

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