散骨

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生前、武蔵屋(水下きよし)が願った散骨に同道した。彼の小中学校同級生有志と、未亡人様との旅程に加えて貰いました。

初めて、二子玉川から成田空港へのリムジンバスを利用。お高いけれど(3100円)、兎も角楽ちん!渋谷エクセルホテル東急とセルレアンタワー東急ホテルを経由するまでが、道の混雑もあり時間を要するが、その後はスイスイ。朝早かったので道中は睡眠と決めていたが、渋谷から乗った、若き白人女性のロシア語が姦しく閉口…。

LCC(ローコストキャリア=格安航空会社)専用の第3ターミナル(2015年落成)はお初。建物自体も徹底したローコスト振り(ビニールぐるぐる巻きの梁も、そして数多パイプも剥き出し)に驚いたが、充実したフードコートも身分相応で、これはこれで良し。


DSC_0006 (43) - コピー.JPG青嵐、やってくれました、雨…(地元の人も「この時期、珍しい」と)。


奄美空港まで2時間50分。そこから国道58号ひたすら、車を利用して2時間で古仁屋(こにや)港に到着(端から端だからね)。ここからは船で、加計呂麻(かけろま)島薩川(さつかわ)へ20分。噂の満点の星は見られず…。チ、青嵐。


目の前が海である宿泊先は、水やんの小中学校共に同級であった栁沢(やなぎさわ)氏が経営するペンション「紫微鑾駕(しびらんか)」。


DSC_0004(24) - コピー.JPG2日目。海を臨む絶景ポイントを幾つか巡る。中にも「夕日の丘」から見る「江仁屋離島(えにやばなれじま)」こそ、離島奪還訓練が行われた無人島である。


IMG_20170312_115327 - コピー.JPG3日目。いよいよ散骨当日。何故か晴れ渡る!?強風の為、波は荒いが紺碧の海原に、参加者一人一人が、「飛び蝙蝠」の紋入り升で…。散骨初体験なのだが、骨は殆どパウダー状に粉砕されているので、風に煽られ、少なからず「水やん」を浴びてしまう。彼の好物だったブランデーを分け合って一同献杯。残った分は海の水やんに飲んでもらった。メインイベントを終え、連夜の飲みもあってか、皆さん夕食までボンヤリ、釣りやら買い物やら。


IMG_20170312_144328 - コピー.JPG自分は土産物購入の為「いっちゃむん市場」へ。「いちゃもん付ける」でなく「いっちゃむん(=良い物)」だ。


翌日帰京。夕刻の出発までの時間を有効活用。ゴールドパール(言葉通り、金色の真珠)、レインボーパール(光の具合で玉虫色に見える)、で有名な「マベパール株式会社」から、大島紬の制作実演&販売をしている「大島紬村」へ。


その後、話題の「鶏飯(けいはん)」を食す。本来は豚だったのを、もてなし用に鶏に代えたのが始まりらしい。たんかんの皮を刻んだ薬味がポイント!IMG_20170313_104353 - コピー.JPG


そして、加計呂麻島薩川、お宿「紫微鑾駕(しびらんか)」が、武蔵屋(=故水下きよし)の聖地となった旅でした。

本物のホテル(パールホテル両国)の宴会場(実際は会議室だが)で、ホテルの宴会場で起こるスッタモンダを見せるという企画。

達者で個性的な役者が揃い、脚本の展開が早く、小気味が良い。ベテラン漫画家(66歳で逝去)のお別れ会という趣向も面白く、挿入される映像もシャレている。一年だけ相撲部屋に居た、宴会部マネージャーという設定の大車輪屋(とばしや=秋葉陽司)が、極めて手の多い「両国ダンス」を器用に踊る。

現実の場所で、芝居の虚構を如何に説得力あるものにするか?というのは、とてもハードルの高い作業である。観客参加型というのもなかなか厄介。更なる挑戦を続けて欲しい。

「両国」に拘った設定なので、無性に食べたくなり、大車輪屋と主宰の冠仁(かんじ、だからカンムリプロデュースなのか!)君らとで、「江戸沢」ちゃんこ鍋(塩味をチョイス)を食らう。久し振りだったが、矢張り美味い!中国人のお客が多いからか、喋れる店員が何人も居て驚いた。

空間も中身も複雑なパズルのようなお芝居だった。ト書きが膨大な戯曲らしいので、人物の会話と共にそれも読み解かなければならない。

それぞれ固有の闇を抱えた三つの家族の会話が、常に入り乱れ、ついには重なり合う。そして停電が復旧すると共に、明るく幕切れを迎えるものの、本質は何も解決していないという、実は怖い物語である。

松本紀保嬢が、振幅の激しい主婦役を。「サド侯爵夫人」で母と妹娘で共演した小林タカ鹿君が、全裸体当たりで、イケメン旦那役を。阿佐ヶ谷スパイダースの中山祐一朗君が、繊細なゲイ役を。元天井桟敷、福士恵二氏が、悩める夫役を。

ロンドンで上演された時は、おそらく大爆笑の連続だったろうな、と思う。その証に、出演者の証言では、昨日は客席が随分笑っていたという。思えば、年齢層の高い業界人の多い回ではあった。

俳優も含め、舞台全体のセンスの中に、いい意味での「おとぼけ」感があれば…。俳優と役との距離感という事を考えた。

古代ギリシャ悲劇三大詩人ソポクレスの「アンティゴネ」の翻案!と聞いただけで緊張するのだが、逆に、四世鶴屋南北の「金幣猿嶋郡」の翻案、と謳えば、大概の人が畏まっちゃうのとおんなじか…。

題材をご案内の向きには、その換骨堕胎振りが愉快なんだろうな。そこに、やまゆり園の事件やら、避難児童のイジメ問題が影を落としているのだから、見巧者には堪らない。

出演者総勢十八人!が度々舞台に勢揃いする。一般的な戯曲の場合、喋ってない人物は大よそ死に体になり勝ちなのだけれど、一人として背景化していない。聞けば稽古の過程で、俳優個々の自由発言を随分採用したそうだ。これは作者瀬戸山美咲さんと椿組との信頼関係あっての事で、濃厚な芝居作りが嬉しい。

初日以降体調を崩していた、佐藤誓の復帰第一日目だった。最近演劇賞に輝いた彼の休演には驚いたが、舞台は彼らしい硬軟自在な演技で、ホッとした。元ボスとして自慢の俳優である。

町中のこじんまりした寺で、原爆の叫びを聞く。

峠三吉の代表作「にんげんをかえせ(序)」を外枠に、次々と平易な言葉で原爆を糾弾する詩が、張り詰めた声と身体で表現されて行く。

「お手軽な朗読劇が蔓延している」という批判が、この企画の骨子らしい。そのスローガン通り、咳(しわぶ)き一つ許さない緊張感が、終始会場を埋め尽くす。一字一句、一挙手一投足、ゼロから編み出し、これでもか!と稽古したろうな、とその苦労が常に滲み出る。今までにない様式に驚いた。射留屋(いとめや=美斉津恵友)が、切れの良い高音域を封じ込め、作品の重みを伝えていた。

「にんげんをかえせ」の詩は全文ひらがなで表記されている。この軽みの中に重さと怖さがある訳で、この軽みが「読む」という行為に欲しいように思う。

こういう題材である。原爆を体験していない、その惨さ辛さを伝え知るだけの現代人にとって、タイトルからして身構えが伴う。だからこその「軽み」が必要だと感じた。ソフトさは時に、驚く程恐ろしいものである。

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